生命保険会社は加入

私はとある保険会社の審査医をしています。審査医の仕事は医師としてそれほど難しいものではなく、新しく生命保険に入る人に問診をして、診察をして、尿検査をするというものです。それくらいの診察をしただけで、明らかに異常のある人、尿検査だけで異常がわかるような人に対して生命保険会社は加入をお断りすることになるのです。さて、じわじわと忍び寄る生活習慣病から身を守るためには、三五歳を過ぎたら血液検査、バリウム(X線造影剤)などを加えた詳しい健康診断が毎年必要になります。そして結果をかかりつけの医師にチエックしてもらいましょう。データとしては正常範囲内でも、経時的(時間をかけて)に診ると、生活習慣病が始まっているのでは? と思うことがよくあるからです。ここでひとつ具体例をお話ししましょう。S 。Nさん、男性、四二歳です。コレステロール(白色の脂成分。元来、体になくてはならないものでもあります)の値が三年前には一六五(正常値は一四〇?三二〇)、去年は一七八だつたのが、今年は二一人と急に上がっていました。結果だけを見れば異常なしなのですが、詳しくS ・Nさんに話を聞くと、少し長く歩いた後など、足がしびれた感じがあるとのことでした。この場合、数値は「異常なし」であつても、経時変化に見られるコレステロールの増加が気になりました。私は高脂血症による動脈硬化を疑って動脈の検査をしました(この検査法については後述)。すると、私の予想どおりS 。Nさんはかなり動脈硬化が進行していることがわかり、治療を開始しました。

 

この例のように、データだけを見て「正常値に収まつている」ことだけを判断基準にすることは軽率です。身体のさまざまなデータ(数値)は、日々刻々と変化しているのです。その経過を見てこそ「正しい診断」ができるのであり、正常値という「物差し」には個人によって差があります。ましてや遺伝的に生活習慣病の可能性のある方、父親が高血圧だとか、母親が糖尿病だとか、そんな方は生活習慣病に対して厳重な注意が必要です。これは「家族歴」といって、医師がとても重視する「遺伝的、あるいは家系的に病因を探るための指標」となっているのです。

 

 

もう少し補足しますと、ここでいう「遺伝」には生物学的・科学的な「変異の遺伝」のケースと、ある家系や村落、集団の中で起きる「慣習・習慣」も考慮しています。人間は特に(ほかの生き物と比べて)習慣や文化というものを子孫にひとつ残らず「伝承」させることができます。このことを最新の生物学用語では「ミーム」といいます。人間は(ミームを持つのは人間だけではありませんが)言葉を獲得したおかげで、たとえば学問というミームを発達させて今の科学や医学を築きました。

 

ミーム論は専門書に譲るとして、私たちは「おふくろの味」という言葉で馴染んでいるように、伝統という形でその家系に伝わる調理法や食材などがあるので、家族歴を知ることはとても重要なのです。たとえばある家では代々高血圧症が発症しているとします。しかし遺伝子検査をしても、特に異常はない。ですがその家系では伝統的に過剰に塩分を摂取する「漬物」がいつも食卓にのぼっていたとすると、漬物という「生活習慣」が世代を超えて遺伝してきたために高血症の発症率が高かった、といえるのです。この場合、対症療法的に高血圧症を治療することはできますが、病気の原因は代々伝わる「伝統の味」になりますから、つらくてもそれを我慢するとか、捨ててもらわないと、いつまでも同じことの繰り返しになってしまいます。


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